美容師アシスタントさんスタイリストさんへ

2年周期くらいでスタイリストの募集をしてますか?の連絡がきます。求人を出していないのに連絡してくれます。家の近くだから連絡したくらいの気持ちだったとしても嬉しい。だけど求人してないからね。ごめんね。頑張ってね。は心から思っております。そんな方に向けた内容です。

オシャレは難しいですか?

美容師をやってきてオシャレは大切と教わってきました。雑誌を読む、流行を知る、ブランドを知る良いものに触れるを勉強しなさいと言われてきました。そこに髪の勉強は当たり前だと言われました。正直美容師さんの給料は高くありません。ブランドを知る、良いものに触れるなんて貯金なんてしていたらできません。借金してでも勉強しなさいそれは自己投資だと言われます。否定できません。その通りだと思います。美容師=オシャレの認識が少しですが世の中にあるのもその教えのおかげだと思います。

ブランドを知って良いものに触れるをやっていたら美容師=20代で債務者になるよ。

服好きの美容師アシスタントの子がいて給料を全部服に注ぎ込んで仕事中に倒れた噂が流れた。やせ型で、長身の彼は美容師の給料を服に注ぎ込んでいたらしく、食事はうまい棒と板チョコを少しづつかじる生活を送っていたらしい。その後、朝礼でも注意喚起がなされた。とはいう僕も彼女の家に転がりこんで家賃は半分も出せないし、外食の時は7割は出してもらっていました。彼のことをあまり笑えない生活ではありました。の割に効率の良い練習はしてませんでした。ひたすらウィッグに向き合って会社の課題をクリアするための練習をしていました。自分で考えていなかった。ひたすらやれば髪を切れるスタイリストになれると思っていました。このお店にいればいつかは先輩たちのような髪をかっこよく切れる美容師になれると信じて疑わなかった。

課題はもっと違うところにある。

ウィッグに向き合っているだけだととどんどん後輩に抜かされていった。がむしゃらにウィッグに向き合ってカットの練習をしていたら、面白いように後輩に抜かされていきました。美容師はシャンプーやカラーや縮毛矯正をお客様に入れるようになるにはそんなに時間がかかりません。量をこなすことで作業としての技術は身につくからです。パーマは違います。スタイリストのカットのくせとパーマを巻くくせを真似ないと一緒に巻くことすらできませんでした。何度か一緒にパーマを巻いている最中に僕が巻いたところは外され巻き直しをされてしまいます。スタイリストごとにその基準は違っていて、手先が器用でそのスタイリストとコミニュケーションが上手な後輩は、あっと言う間に僕より任される仕事が増えていきました。24歳のアシスタントの僕はその仕事を19歳の女の子に取られていました。

もし僕が全てのアシスタントの子達より勝っているものがあるとすればアシスタント歴でしょう。22歳からの遅いスタートを切ったにもかかわらずアシスタント歴は9年近かったと思います。多分誰にも負けません。冗談抜きで日本でもトップクラスでしょう。年下に教わることは当り前、同い年でトップスタイリストやデレクターなんて肩書の方もいました。僕の姿はどう映っていたのでしょう。

腐らない才能があったのかもしれません。

いや腐っていたのかもしれません。どうしたらいいか分からなかった。髪をかっこよく切る人になりたいだけなのにこんなにも遠いのかと、、、。

カリスマ美容師に憧れていたけれど、なりたいとは思っていなかったはず。けれど髪を切る人にすらなれない。結婚して、オシャレして町の美容室を開業して幸せに暮らしています。には程遠い。続けていればいつかは来る。報われると思っていました。希望だけは一人前。難しいことではないと思っていました。

真面目だったと思います。周りもそう云う認識ではありました。その変わり危機感は0。楽観的でした。

失って気づく。

小さな子どものように壊してまたは壊れてはじめて気づくのは仕方ないことかもしれません。周りの大人たちもそのことに気づいていたのかもしれません。どんどん言われなくなっていきます。いや言ってくれてたほうだと思います。反抗してました。今にみていろよ!しか頭になかった。長く続けたものが必ず勝つ!と思っていました。どこかの主人公気取りでした。少しだけですが今ならわかります。小さな積み重ねを怠っていればそれは長く続けたからといって必ずしも成果には繋がらない。練習を人よりするではなく。人に目を向けること。人が何をしているのかに興味関心を持つこと。小さな積み重ねをしているようで、ただ散らかしているだけになっていないかな?と確認することです。

でもね。大丈夫です。長く続けてきた人には、散らかったピースを積み上げるだけの作業になると実感してます。

無駄ではなかったと実感しています。

(長文は読まれないとわかっているけど)

読まれない前提でもっと書いておきます。アシスタント中の挫折の回数は3回です。それは会社をやめるきっかけになった回数です。最初の挫折は高校卒業して、インターンで起こります。半年以内でオーナーからお前は美容師じゃなく理容師の方が向いてんじゃないか?の注意程度のものです。そこから仕事をバックレました。オーナーも奮起させるつもりの一言がまさか来なくなるとはと想像してなかったそうです。なぜいかなくなったのかの背景には、後から同い年の女の子が入ってきました。その女の子は仕事を覚えるのが早く、職場での先輩とのコミニケーションが上手く後から入ってきたのに僕より職場に溶け込んでいました。今にして思えばその女の子も職場に溶け込もうと頑張ってた賜物だったと思います。オーナーが負けんなよのつもりでかけた言葉に簡単に心がポキリと折れました。

その後は1ヶ月半くらい家でダラダラしてたら親にいい加減なんでもいいから仕事をしろ!と言われ家に居づらくなった僕は、飲食店のバイトをします。そこでは思いの外、仕事が出来るほうだったと思います。でも美容師になりたい!が勝り、友達の紹介で福岡で美容師アシスタントをします。研修期間が1ヶ月と言われ研修開始の3週間後にこのまま働きたかったら採用するよと言ってくれました。カリスマ美容師への憧れがあった僕に当時働いていた男性スタイリストさんに、福岡では身に付けられないものが東京や大阪にはあるぞ!と言われその気になってしまった僕は、福岡の美容室のオーナーの誘いを断り、東京に行きます。と伝えました。そしたらオーナーがいつでも戻ってきていいからね。待ってるよ。いってらっしゃいと言ってくれました。そのお店の名前がミントさんでした。1年バイトでお金を貯めて単身東京へ向かうと親に告げたらさすがに美容学校に行ってくれとお金を出してくれました。

美容学校を卒業して就職したお店は関東近辺にたくさんの店舗を構えるお店でした。横浜でアシスタントを4年以上やっていたと思います。周りの同期はジュニアスタイリストになったり入客してました。やめた同期もたくさんいました。そこのお店は店長に楯突いて一人でもやっていける!と辞めました。

違うお店でスタイリストととし入りましたが技術のなさや自信のなさでアシスタントをしながら1年ほどでやめました。その後はアシスタントとしてもう一度ちゃんとした美容師になりたいと3年ほどやっていました。丸3年過ぎたあたりでオーナーからの面談がやたらと増えて遠回しにお店をやめてほしいと訴えられました。あなたがいるお店ではないと。美容師を続けていくことを考え直しなさいと。その出来事でやります!頑張ります!は通用しないことを実感することになります。その当時ですらお客様の要望に応えてカットすることすらままならかったのですから。

でも突然変わりはじめます。

欠伸(あくび)を我慢しながらもスタイリストのカットをみてきたので、実践ありきのお店に就職したことでパズルのピースがはまりはじめました。たぶん積み上げてこれなかった実感がある人はそのピースが散らかっているだけではないでしょうか?僕もまだ同じです。そのピースが今だにはまることがあるからです。

ここまで読んで頂きありがとうございました

応援することしかまだできませんが、もしあなたのストーリーを聞かせてもらえるなら、聞かせて下さい。

コメントをどうぞ